「さすけ、ねぇ、逃げようよ」
「うん。そうしようか」




五ミリ四方の世界からの脱出




ブランコの柵に腰掛けながら言った。うつむいたままの体勢で見えるのは、佐助と繋いだわたしの手。強く強く握り合ってどっちも白くなってた。いっそ血でもなんでも出てしまえばいいのに。それでぐちゃぐちゃに潰れちゃえ。どうせこんな腕、付いていたって仕方がない。だったらそこを歩いてるネコみたいに、四本足でもっと早く走れればよかった。そうすれば、小さくて何も守れない手のひらよりはずっと役に立っていたはずだ。

「それでさ、二人で生きれたらいいね、それこそ物語の中みたいなきれいで幸せな家でさ、」
「うん。それがいい」

キィコキィコ、雨に濡れて錆びたブランコが風に揺れてる。その下にはぼろぼろになった人工芝生。誰かが削った跡。そういえば昔、石投げとかをして無理な体勢でブランコに乗って、この上に落ちたなぁ。この芝生はあんまり意味が無くて、打ったところは普通に痛かった記憶がある。そうしたら確か、佐助が絆創膏をくれて、ちょっとした切り傷も全然痛くなくなったっけ。
そっか、子どもの頃はちゃんと自由だったんだ。

「なんにも縛られないでさ、好きなように生きたいね、」
「うん。そうしたいね」

だけど本当にそうだったのかな。もしかしたらあの頃わたしたちは「自由」というその言葉が指すものを知らなかっただけで、だから周りの全てが限界の存在しないものに思えていたんじゃないのかな。だって、あの頃のわたしにとって世界はあまりにも大きくて広くて、どうしようもない位にわたしたちを包んでる、そんな大きな流れみたいなのを漠然と感じていたから。

「あとはそう、さすけと一緒に居たい。」
「うん。俺様もだ」

じゃあ子どもは自由を感じる自由を持っていないんだ。そういう風に育てられて、自由というものを勘違いしたまま生きてる。わたしたちは自分の思うように生きる権利が無い。生かされていると言っていいのかもしれない。例えるなら、フェンスで囲まれた空き地に飼われている野良猫のように。猫は自分を野良猫だと思い続けながら小さな世界で生きている。わたしたちは何も出来やしない。ただ箱庭の食料が減っていくのを見守っている。結局わたしたちは与えられた自由しか持っていない。こんなくだらない「自由」があってもいいのだろうか。

「・・・・ねぇさすけ、逃げよう?」
「うん。逃げちゃおう」

アザだらけの手を繋ぎあって、日の入りの方を見る。ひし形の影がいっぱい出来てた。最大限まで伸びてわたしたちに被さっていた。まるで手足の自由を奪う網のよう。それが纏わり付いて動けなくなったわたしたちを嘲笑うように、傍にいた猫はその金網をあっさりと飛び越えていった。わたしは真似してその錆臭いのに手を掛けてみたけれど、子どものわたしたちにそのフェンスはとてつもなく高く見えた。わたしの小さな世界に残されたのはさすけの小さな手のひらだけ。わたしのみたく役立たずじゃない手をわたしへと差し出して、さすけは網の中で微笑んだ。




口先だけの脱獄計画




「 ああ、もう かえらなきゃいけないね 」「 ・・・うん。そうだね、か え ろ う か 」





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