あたしあのこあのひとと、




必ず両思いになれる人を好きになれればって願いは陳腐だろうけど、心から思う。
どうしてあたしが好きになったのは君で、君が好きになったのはあたしじゃないんだろう。
君が好きになってくれるような人間に生まれたかった。

今更だってことは嫌というほど分かっている。ただ、それでも理不尽だと神さまを罵りたくなる。
だって分からない。
なんで神さまは現実をこんなに冷たく創ったんだろう。




今日はいつもつるんでる4人での遊園地だと言うのに、あたしたちの足取りは決して軽くはなかった。
適当にとりなすように乗り物に乗って、上っ面だけ楽しんでいるフリをして。案の定夕方になる頃には何にもする気が起きなくなってた。
そんな空気だったからか、もう帰ろうというのが全員の意見だったのだけれど。なんだかんだと躊躇っているうちに、誰が言い出したのか、最後に観覧車に乗ることになった。
今にして思えば、それが決定的な失敗だったんだと思う。
(後悔は先に立たずって、そりゃそうでしょうよ)
あたしと佐助くん、あのこと真田君で別れて違うゴンドラに乗った。
あたしと佐助くんは白いゴンドラ。二人より一個前のに乗った。
そんなくすんだ白さのゴンドラの中は、90度ほど観覧車が回り終わっても沈黙に満ちていた。仮にもあたしと佐助くんは付き合って一ヶ月にもなる彼氏彼女の関係だと言うのにね。
(前悔っていう言葉は無いけど、もしかしたら出来たんじゃないかな)
予想通りすぎる状態に辟易するしかない。前悔、が出来なかったことへの後悔。なんて哲学的なことを思いついてちょっと笑ってみた。・・・やめよ、馬鹿みたいだし。

視線の先で、佐助くんがぼんやりと窓の外を見ている。あたしは何も言わないし、言えない。きっと佐助くんはあのこと乗りたかったんだろうなって、それがわかってるから。
(ああそっか、あたし達が付き合ったせいで4人で乗れなかったんだなぁ)
後悔後悔後悔。狭いゴンドラの中はそんな海で出来ていて、あたしだけが・・・いや、二人とも違う海に沈んでいる。佐助くんが溺れているのとは別の海であたしは揺ら揺らとたゆたって、溺れる。

本当は全て知っていたのだ。佐助くんに好きな人がいること。あたしの恋が叶わないこと。全てが一方通行であること。
その状態を無理矢理歪めてしまったのは他でもないあたしであること。
佐助くんの好きな人はとても可愛い子で。そのこが誰かと付き合ってるって噂が流れて、それをいい事にあたしが佐助くんに付け込んだ。付き合ってる、なんて、こんな一方的なものをさす言葉じゃないのに。望みもないのに虚しい行為をしたあたしのせいで佐助くんはまた海に落ちる。
だからこの状態は、当然の報いって言葉そのままだ。
あたしはその噂が嘘だということを誰よりも知っていたんだから。
当たり前でしょう、だってあのこはあたしの親友だもの。いまあたしの後ろの、薄水色のゴンドラに乗っているその人で、誰よりも真田くんが好きで、本当に心の底から好きで仕方がないんだって笑っていたんだから。
そんなあのこが他の誰と付き合うって言うんだろう。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

「ねぇ、」

佐助くんはあのこが好きなんでしょ。
何度も飲み込んだ言葉をもう一度飲み込んだ。

佐助くんの恋は、例え世界に何が起ころうとも叶うことは無い。
あのこはすごく優しい子で、誰かの為になら簡単に自分を捨ててしまう。そしてあたしはそんなあのこに佐助くんが好きなことを言ってしまった。だからもしあのこが今後佐助くんを好きになるようなことがあっても、あのこはあたしの為に佐助くんを切り捨てる。絶対に振り向くようなことはしない。
完璧すぎるくらいの三角関係だった。
それなのにあたしは、ただ佐助くんを一度だけでも振り向かせようとあのこを利用したのだ。
後悔以外に今のあたしに出来る行為があるだろうか。
一時の幸せを掴むために躍起になって、ちょっとの間だけでも傍に居られればいい、なんてただの欺瞞を吐いて、本当はずっと君の隣にいて幸せになりたいのにってどんどん傲慢になっていく。
愚かなのはどうしようもない恋を続ける佐助くんじゃなくて、私だ。

ごめん、なんて言葉は相応しくない。
いまでもあんなに優しい目であのこを見る佐助くんの重みになるのは、もう止めなければいけないのだ。

だからあたしはこれから、誰よりも優しい嘘をつこう。あたしを救い続けたあのこの優しさと、こんなあたしを少しでも傍に置いてくれた佐助君の為に。
あたしにだけ残酷で、誰かを救える嘘を。

「・・・佐助くん、別れよっか」

佐助くん。
あたしほんとに、ほんとに君がすきだった。

観覧車の天辺で精一杯の笑顔を浮かべて、全部の願いを断ち切った。
君のしがらみにならぬよう、なにも残さないで、泣かないでいよう。そうして君が歩き出せるようにと祈ろう。ほんの少しの夢をくれた君のために。

冷え切った室内にポトリと落ちた嘘は、あのこみたいに優しくいられただろうか。
願いながら佐助くんを見据える。 あたしの代わりに泣くみたいに、ゴンドラの汚れきった窓に水滴がパタパタと当たっていた。

こんなに沢山願い事をして、欲張って、神さまは怒るかもしれないけど、あたし頑張ったよね?胸は張れないけれど、それでも勇気を全部振り絞ったよ。
だから、だからせめて一つだけはあたしのための願い事を叶えてもらえませんか。

佐助君が、この観覧車を降りるまではあたしの恋人でいるように。




・・・・・・ああもう、やっぱり観覧車になんて乗るんじゃなかったなぁ。
いやいっそ、この観覧車がまわらなくなってしまえばいいのに。ずっとずっとこのままで。








キミあいつあの男と、




ねぇ、カミサマとやら。
どうして私に選ばせてはくれなかったのですか。




あいつは猿飛とうまくいったのだろうか。いけばいいのにと思うし、いかなければいいのにと思う。矛盾してる私、馬鹿みたいだ。正真正銘の馬鹿だけどね。嘆息して窓の向こうの白いゴンドラを覗き見る。なんだか二人とも別の方向を見ている気がするのだけれど。
(あいつはいつだって報われないな)
・・・薄々感付いてはいる。
猿飛には他に好きな人がいるのだろう。
だからこそ、それでいてあいつと付き合っている猿飛が許せないのだ。
あいつはすごくいい子なのに。なんで猿飛なんかを好きになったんだろう。前々から思っていたけれどあの男はいけ好かない。なんだかいつも一枚の膜越しに話しているみたいで、全然読めないし。
あいつもきっと、傷つけられてしまうような気がして。
あいつは本当に猿飛が好きなんだ。その想いを踏み躙って欲しくないし、だからこそあいつには、・・・二人には幸せになってほしいと思う。

けれど私は、幸村があいつを好きなことも知っている。

ぼんやりと前に座っている幸村へと顔を向ける。幸村は窓の外を見ていた。誰を見ているの、なんて問いは愚問過ぎる。私の親友を見ているに違いないのだ。それが悲しくも思うし、仕方がないことだとも思う。私の目から見てもあいつは可愛い。可愛いだけじゃなくて、ああいう人間が一番幸せになるべきなんだってくらい、他人のことばっかりで優しくて察しが良くて、欠点が無いんじゃないかってくらい。
だから、幸村があいつを好きになったのは当然なんだ。
だけど。
それでも私の気持ちに気づいて欲しい。 幸村はあいつのことばっかりで、私の気持ちなんてなんにも知らないし知ろうとしないんだから。
なんて、幸村にしてみれば理不尽でしかない暴言を心の中で呟く。この不器用で純情すぎる人間に気づけというほうが酷なのに。言ってもいないのに望むばかりで、私は卑怯だ。

「・・・幸村。私、幸村がすきだった」

するりと口をついて出た言葉は無意識で、しかも過去形だった。幸村が吃驚したようにこちらを見たけど、私は幸村の視線を奪えたことを喜ぶことも出来ず、曖昧な表情で笑う。こうやって誤魔化すことばかりしているからちゃんと伝えられていないのに、と他人事のように反省した。
(あーあ、言っちゃった)
即座に謝罪の言葉を言いそうになって口を噤む。
謝るべきだとは分かってるけど。
幸村に言って欲しい言葉があるわけでもないのに、私はただ幸村は困らせてるだけだ。
嫌な立場。
(・・・何も知らなければ良かったのに)
知っているっていうだけで、なんでこんなにも苦しいんだろう。
あいつの猿飛への気持ちも、幸村のあいつへの気持ちも。知らなければ、こんな無意味な告白なんてせずに、普通に幸村を好きになって、それで普通にフラれて諦めて、素直なままで終われた。
だというのに現実はそうじゃなく、中途半端なのにどうしても諦められない私がいて。
なのに幸村と付き合いたいとかそういう事は思えなくって、ただ誰の物にもならないでって、そんなどうしようもない事を思って・・・・・・ああもうぐちゃぐちゃすぎてわかんない。

・・・?」

そんなことを延々と考えていたせいか、気が付いたら泣いていた。あーもう私ったらウザイ女。しかもフラれる前に泣くって。同情でも買う気か馬鹿者。

・・・もうやだ。
もう皆恋なんかやめちゃおうよ。

涙を拭った一瞬だけ見えた幸村は、やっぱり困った顔をしてた。
「すまぬ・・・某は、」
「いいよ言わなくて。大丈夫、ちゃんとわかってる。わかってるから・・・」
幸村の真摯な言葉まで遮って傷つかないようにする私は私はなんて矮小な人間なんだろう。何が『わかってる』だよ。わかってたらこんな困らせる事なんてしないし泣いたりなんかしないだろうに。私は全然聞き分けのいい子なんかじゃないでしょ。
ただ自分にどうしようもないのだと納得させたいが為で。
それだけの行為に幸村を巻き込んでる。

「大丈夫。すぐ泣きやんで、また普通に戻るから」

今できる最大限の笑顔を浮かべてみた。けどやっぱりというか、引きつったし、全体的にぐだぐだ。やめよ、不細工だし。結局私はいつまでたってもこんな人間。あいつはあんなに綺麗な子なのに。なんで私はあいつのようにいられないのだろう。

ねぇ親友、私の代わりにちゃんと幸せになってよ。
そう小さく呟いてみた。
それが叶わない事も知ってしまっているのに。

「ねぇ幸村、一つだけワガママを聞いて」

どんよりとしていた空が、耐え切れなくなったように泣き出してた。

「・・・なんでござろう?」
答えてくれた幸村の優しい顔に耐えられなくなって、思いっきり抱きついて泣いた。
ごめん、本当にごめん。
だけど今だけは、この観覧車がのぼって降りてしまうまでは、私に困らされていて。
そうしたらこの恋も想いも何もかもここに捨て置いていけるから。

だけどそんな事すらも心の底から思えない私は、
ちょっとだけ私を抱きしめ返してくれた幸村に、・・・いるはずもないカミサマに祈った。




今この瞬間に観覧車が壊れてしまえばいい。
それでずっとこのままで、ここにいられるようにして。おねがい。








俺様あの子あの人この子と、




そうやっていつも誰かを傷つけてる最低な俺、死ねばいいのに。




この子は俺様の彼女だ。
最初は普通の友達だったけど、この子が告白してくれて、俺様はOKした。
良い子だし、気も利くし、俺様を好いてくれているし、大切に思ってくれているのがはっきりと分かる。好きになれない要素なんてなんにもない。
この子と居たら楽しいし、会話も弾む。そもそも友達だったんだから何も問題があるはずもないし。
だから俺様はちゃんとこの子を好きになれているんだと思っていた。

だけどこの前、旦那がこの子のことを好きなのだと知った。

あんなに分かりやすいはずの旦那の気持ちになんで気づけなかったんだろうとか、じゃあなんで告白しないのって言おうとした馬鹿な自分に対する侮蔑とか、この子と付き合っていることへの後ろめたさとか。ぐるぐると色んな感情が巡っていく中、俺様はようやく気がついた。
俺様はこの子を利用して傷をふさごうとしていただけなんだって。

(どうしようもない馬鹿だよ、俺様は)

なんでこんなにも簡単なことが分からなかったんだろう。
ちらりと窓を除きみれば、向こうにあの子の姿が見える。あの子こそが俺様の好きな子で、本当に心から大切だって、そう思う人。
大切なのは、この子じゃない。
俺様はただ傷を塞ぎたいが為に、この子を好きになろうとして足掻いていただけだ。
旦那にもこの子にも取り返しの付かないことをしている。

だから今日、俺様はこの子に別れを告げようと思ってた。

「佐助くん、別れよっか」

なのに切り出してきたのはこの子の方からだった。
正直驚いた。自意識過剰とかそんなんじゃなくて、この子が俺様を好きだっていうのは周知の事実だったから。その驚きが外に出てしまっていたのか、彼女はくすりと笑った。
「そんな驚いた顔しなくても。あたし、知ってたから。君があの子のことを好きなんだって」
ずきり、と胸が痛む。心臓が痛が悲鳴を上げるくらい収縮していて、もしかすると死ぬんじゃないかって思った。
だってその言葉からは、俺様と付き合う前から知っていたのだという事実が染み出してる。 もしそれが本当ならこの子は俺様に利用されていると知っていて、ずっとあの子を見てる俺様に気づきながら傍にいたってことで。
あまりに急な告白に言葉を失くしてしまった。
そんな俺様の考えていることも、たぶん伝わってしまっていたのだろう。察しの良い彼女はただ窓の外を見て、至極軽めの口調でいった。

「あのこ、付き合ってなんかないよ」

声が、何にも出なかった。
喉がからからに渇いて、急に心臓の音が近くなる。

「ほんとはずーっと知ってた。君があのこを好きなことも、あのこが付き合ってないってことも」
だからごめんね。こんな懺悔をしてごめん。沢山の謝罪と共に苦笑する。
比喩じゃなく目の前が真っ暗になった。

なんだよそれ。
知ってた?俺があの子を好きなことも、あの噂で諦めたことも、その噂がガセだってことも?知ってたのに黙ってて、しかも俺に近づいたわけ?それでなんであんたが先に謝るんだよ。俺が怒れないだろ。先手打つんじゃねぇよ。卑怯だろ。そんなことしておいて、よくもまあ俺と一緒にいられたもんだ。

そんなことを、しておいて。

「・・・・・・・わかった、別れよう」

いつの間にかぽつぽつと弱い雨が降っていた。
搾り出すようにいったはずの自分の答えは、寂れたゴンドラの中にひどくあっさりと淡白に響いて。まるで他人の声のようだった。何の感慨も感情も篭っていない。こんな声をこの子に聞かせたんだって旦那が知ったらどうするだろう。キレるだろうか。ぼんやりと膜が掛かったみたいな視界でどこを見るでもなく考える。

どちらともなく黙り込んで、それからはずっと視線を合わせずに窓の外を睨み付けるように見ていた。頭の中でいろんな思いが駆け巡る。
頭をどこかに打ち付けたくなった。
"そんなことをしておいて"。
俺様は、この子を利用してた自分を棚に上げて何を憤っているのだろう。自分の感情の吐き出しかたも分からなくなって、この子に当たるみたいに別れて。こんなんじゃ駄目だ。謝って、それから今まで救ってくれたことへの感謝を告げて、それでちゃんと別れよう。この子が旦那と幸せになれるように。そうすることが俺様がこの子にできる出来る最後の優しさだろう。たとえ嘘でも、この子は俺を救ってくれていたんだから―――。

・・・結局、言おうとした言葉は形にはならなかった。

ギイギイと危なげな音を鳴らして俺達が雨の発生源に近づいていく中。
酷くボロボロなこのゴンドラがようやく頂点に達したとき、それは見えた。

水滴のついた窓越しに、あの子が旦那に抱きついてるのをみた。

「―――え・・・」

強くなった風に水滴が流され、窓ガラスは洗われていく。のに、熱が篭った自分の手はそれを曇らせて、窓は役目を果たせずにいた。何も見えない。見えないのに、写真になって窓に張り付いたみたいにずっとその光景がチラつく。

どうしてこんな事になっているんだろう。
この子は俺がすきで、旦那はこの子がすきで、あの子は旦那がすき?ちょっと待てよ、意味わかんねぇ。
なんだよそれ、そんな残酷なことってないだろ。
なんでこんな風に崩れてしまうんだ。
俺らはただずっと、4人で笑っていられるんじゃなかったのか。
どうしてこんな事に。
その問いに答えるように、彼女もまた窓の向こうを見て呟いた。

「神さまは酷いよね」

ずっとこのままで、なんて願い事が叶わないことは知ってる。
俺達は大人になっていつかはバラバラになったり、成長したり、誰かを好きになったりして変わっていくだろう。
それでも俺は、この場所が好きだった。
全部全部好きだったんだ。
本当になんでこんなことになったんだろう。

観覧車がゆっくりと降りていく。
祈る神もいない俺は、らしくもなく、何にも出来ないだろう観覧車に願った。





すぐにダメになることはわかってんだよ。だけどまだ終わりたくないんだ。だから、頼むからまだ降りてくれるな。
この降りかけているような不安定な状態のままでいいから止まってくれよ、おんぼろ観覧車。








あの人あやつこの人と、




もうすぐ何もかもなくなってしまうのだろう。某たちの繋がりも、繋いでいたものすら。
ふと、そんなことを考えた。

窓の外で静かに雨が降っていた。




佐助はこの人が好きだ。だけど某が大切だと、守りたいと思うあの人は佐助のことが好きだ。
某は何を願えばよいのだろう。この人と佐助がうまくいったら?だけどそれではきっと、あの人は泣くのだろう。けれどあの人が佐助と結ばれたら、某はどうすればいい。どうしたって佐助を恨んでしまうのではないだろうか。
こういうとき、本当に不器用な自分が嫌になる。無意識に噛み締めていた奥歯から小さく音がもれた。
自分で思っているよりも某には余裕がないのかもしれない。

「幸村がすきだったよ」

だというのにこの人は唐突にそんな事をいった。わけがわからない。またこんがらがって絡まりあってほどけて、みんなみんな離れていった。この人は某が好きで、某はあの人が好き。でもあの人は佐助が好きで。・・・ああもう、どこがどうなればいいというのだ。何をどうすれば皆が幸せでいられる?
(ああ、)
頭の片隅で、そうか、と冷静に思う自分が居た。そうか、そういうことなのか。某は、某達が三角関係というものなのだと思っていた。なのに違った。その三角関係が何個も集まって出来た、あまりに綺麗な四角関係だったのだ、某たちは。

「すまぬ・・・某は、」

それに気づいたというのに、自分の口からは否定の言葉が零れていた。今更何を足掻いているんだろう。
何もかもどうしようもないのに、なぜ諦められない。
自分だけ幸せになれる結末でもあると思ったのか?一人の人を幸せに出来るならその方が良かったのではないか?
・・・いや、それでも。
無意識に分かっていたのかもしれない。もう自分はあの人を諦める事なんて出来ないのだと。
某の彼女への恋は、きっと一生叶うことはないのだろう。あの人は本当に佐助が好きで、一途に想っている。だけどそれでも感情を操作できないのだ。あの人が死ぬほど佐助を好きなように、某だって他の人を好きになるなんて絶対に無理なくらいにあの人が好きだった。某だって、・・・俺だって、あの人が好きで好きで、たぶん一生分の愛とか恋とかそういう感情をあの人に使いきってしまったのだと思う。

「大丈夫、ちゃんとわかってる。わかってるから」

止まってしまった俺の言葉に繋ぐように、彼女は分かっていると、そう繰り返す。
何を分かっているというのか。 思わず立ち上がって泣き叫びたい衝動に駆られた。
俺のこの彼女が好きな気持ちも、佐助が大切だと思う気持ちも、ぐちゃぐちゃしてどろどろで俺にもわからないようなこの気持ちの何がわかるというのだ。

・・・それでも。

「大丈夫。すぐ泣きやんで、また普通に戻るから」

泣きながら笑ったこの人を見て、ああ、と漠然とした衝動とか感覚と呼ぶものが湧き上がった。
この人は俺が好きなのだ。俺があの人を諦めきれないくらい好きなのと同じように。
彼女もまた同じ立場の救われない袋小路にいて、だからこそ泣くのだろう。
そこまで知っても、この人を愛おしいという気持ちは生まれず、ただ憐れに思った。
(この人を好きになれたなら良かったのに)
全部を無かったことにして、あの人とも出会わず、二人だけの世界でこの人と最初に出会えたなら。
この優しくて可哀想な人を好きになって、俺は彼女を泣かせずに、俺もまた苦しまずにいられただろう。
だけど、そんな世界に生まれることを願うには俺はあの人を愛しすぎた。

「ねぇ幸村、一つだけワガママを聞いて」
「・・・なんでござろう?」

彼女はあと少しで涙がこぼれるんじゃないかってくらい涙を目にためて、やっぱり微笑んだ。
いいよ、ともなにも言わずにいた卑怯な俺に、彼女は縋りつくように抱きついた。
小さな泣き声で泣くその人を緩く抱きしめ返して、天上を見上げる。古くて今にも壊れそうなゴンドラのそれは汚く錆び付いていた。気がつくと、俺もまた泣いていた。

「俺は・・・俺も、あの人が本当に・・・・っ」

視界の端に、雨のせいでぼやけた街の明かりがみえて、それがやけに綺麗で。俺は空虚な抱擁に強く縋りついてしまった。 押し殺すように小さく呟いたそれに、知ってるよ、と答えて背を撫であやしてくるこの人がただとても哀しかった。




誰でもいい。神が居ないなら、この観覧車でもいいから俺の願いを聞いてくれ。

この観覧車がもといた場所へと戻る時には、全部駄目になって、俺達は他人になるだろう。
何もかもどうにもならないことは痛いほど理解しているんだ。
だから、少しだけで良い。降りるのは待ってくれ。
せめてこの優しい人の涙が止まるまで。













(やがて観覧車はゆっくりと地面に還った。)  





幸村夢・・・のつもり、です、うん。佐助と誰かが出張ってますけど。
「私」(一応主人公)→幸村→「あたし」→佐助→「私」 となっております。そして「私」と「あたし」、佐助と幸村、でそれぞれ親友という位置づけ。図にすると四角の中に対角線。すごく惨い・・・。

あまり有名ではないけれどサスケ(この一致はすごい)の「雨の遊園地」って曲が好きです。イメージはそれかもしれない。歌詞と関係はありませんが。
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