「死ね」

教室を出ようとした俺様に一言。何の会話を交わした後でもなく、ただカバンを取って出ようとしただけの俺様に掛けられた痛烈な一言。
「・・・・え、俺様なんかした?」
振り返れば、心底こちらを侮蔑しているといった表情をしたかすがが、教卓に凭れ掛かりながら睨んできていた。本当に俺様、なにかしたっけ。覚えがないようなありすぎるような。
「お前なんか死ね」
「ちょっとかすが!?なんなのさっきから!俺様もいい加減傷付くよ!?」
少しイラついていた俺様も適当に当たってしまったのだが、そのセリフのどこかがモロに引っかかったらしい、食って掛かるようにかすがが怒鳴った。

「傷付いてるのはのほうだ!!」

本当に痛烈な、ひとこと。

「・・・・・・・そんなこと、俺様でも分かってるよ」
「いいや分かってない」
「分かってるよ!」
「じゃあなんで手放す!」

「――――手放して、なんか。」

思うのに、なんで声は弱くなる。
・・・ねぇ、ちゃん。俺様はどうしたらこの悪循環を止められるのかな。
俺様がどうしたら、ちゃんは幸せ?
(別れた方が、・・・いいのかな)
それでちゃんが笑えるなら、俺様はそうするべきなのか。
そうしたら確かに悪循環は止まるだろうけど。
「大方お前は、自分との感情が悪循環しているだとか思っているんだろう」
「・・・・・・・・」
「循環しているならまだいい。だがな、時効はすぐだぞ」
時効?
聞き返すけれど、かすがは顔を顰めて勢い良くドアを開けて出て行った。追いかけようにも足が動かなかった。時効。気が付いたら日は随分落ちていた。自分以外が居なくなって、急にしんとなる教室。窓の外で雲行きが怪しくなって、急に部屋が陰る。隣にちゃんは、いない。







「あのね、佐助くん」
「なに?」
「好きだよ」
・・・・・・・。
「あり、がと・・・」

急になんてことを言うんだろう。動揺した自分を誤魔化そうと平然を保って見せるけど、少し失敗したようで、手に持ったココアが揺れた。
そんな俺様を見てか、くすくすとちゃんが笑う。二人の手にあるココアのほのかな甘い香りが漂う。幸せというのはどうにも俺様の手に余るようで、困る。
なんとなくちゃんの顔を見れなくなって、ココアをちびちびと飲んだ。顔、赤くなきゃいいけど。
「佐助くん。私・・・」
そうして顔を逸らしていたせいか、ちゃんの顔が苦笑になる前の表情に俺様は気がつけなかった。

「・・・なにも後悔しないでね」

ちゃんが飲み干したココアの紙コップを潰した。
「何の話?」
「ひみつ」
潰れた紙コップが綺麗な弧を描いて飛んで、ゴミ箱の傍に不恰好に墜落する。あーあ、なんていいながらちゃんがゴミ箱へと歩いてく。今度は投げずにちゃんと捨てて、甘い香りはゴミの一員になった。

「でもちょっと後悔してくれるんなら、そうだなぁ・・・そのときはココアを奢って」
「良く分かんないけど・・・ココアくらい普通に奢るよ?」
「いいの。きっとお金を持っている未来の佐助くんへの嫌がらせ、だから」
「どういうことソレ!?」

空になった俺様の紙コップも、ちゃんを真似て投げてみる。ゴミ箱のふちに当たって綺麗に中に入った。ナイスコントロール、とちゃんが言った。上手いでしょ、と笑う。幸せなはずなのにふいに不安を感じた。こうして飲んだココアの味も、ポイ捨てしたみたいに忘れるんだろうか。あのゴミ箱の中の甘い香りはいつか腐って悪臭を放って、ゴミの日に回収されて捨てられる。当然のことなのに気持ち悪い感覚。
「やっぱりさ、またいつか一緒に飲もう。・・・ココア」
燃えるゴミは確か、明後日に集められるんだったかな。








「あ、今日は燃えるゴミの日だった」
家に溜まっていたから出そうと思っていたのに忘れていた。確かに昨日の夜までは覚えていたのに。失敗したな、と溜息を付く。失敗したなぁ。なにもかも。
「私の恋も燃えるゴミ、だったりして」
ふふ、と一人で笑う。うっかり涙が出そうになって焦った。やはり憂鬱なことを考えているのはよくない。プラスなことを考えないと。
プラス。
幸せなこと。
(ああでも、今幸せなことを思い出すとなんか・・・やっぱり駄目だ)
じゃあ幸せでも悲しくもないことを。
そうだな。
正直なところ、この付き合いが始まった当初はあんまり期待してなかった。
意外と続くものだななんてぼんやり思っていた節もある。すぐに終わると思ったのだ。佐助くんが飽きて賭け金ももういいやみたいな感じで、あっさりと終わっちゃうだろうなって。
なのに気がつけばこんな所まできてる。
でも結局はあと一日。明日になれば、佐助君ははれて賭け金千円を手に入れるはずで。
そうして私はサヨウナラ。
燃えるゴミ。
ちゃん!」
回収車が参りました。・・・なんてね。
「ごめんね、お待たせ」
「うん、お待ちしました」
私の言葉に困ったように佐助くんが笑う。可愛いな。どんどん名残惜しくなる。こうして付き合ってみて、知らない佐助くんを一杯見つけられたから、とくに。
これも悪循環の一部。

「帰ろっか、佐助くん」

なんかもう、私の容量を超えちゃいそうな気がする。それくらい、この一ヶ月の生活は佐助くんで一杯だった。だからこそ不安になる。私は全部の佐助くんを覚えていられるだろうか。記憶力より前に、私がそれをずっと持って行けるのか。
でも、とも思う。
捨てることだって、出来るかどうか怪しい。
佐助くんとの思い出をあのゴミ箱にポイ捨てなんて、どうやったら。

「・・・佐助くん」
「ん?」
「えい」
ぎゅう、と抱きついてみた。そういえば私、初めて佐助くんに触れたのかな。今まで一度だって抱きしめられた事はおろか、手を繋いだ事さえも無かった。そっか、結局そういうことか。私じゃあ佐助くんには届かなかったんだろうな。
「あはは、ちょっとした嫌がらせ」
そう、これがきっと最後に感じられる佐助くんの体温なんだ。
忘れないようにしなきゃ。
・・・だから終わらせなきゃ。
思ったら、言うつもりのなかった言葉が口をついて出た。
「あのね、本当は最初から知ってたの。佐助くんと私のこの付き合いが・・・バツゲームだってこと。1ヶ月間、だったよね」
そっと佐助くんから手を離して、離れる。一歩、二歩、三歩。私と佐助くんとの間を風が通り抜けて行く。透明の壁。佐助くんは最初からずっと遠くに居た。知ってたのに黙っていたのは私。だから、最後なんだって言わなきゃ。じゃないと私はこの悪循環のまま何も手放せなくなる。

「・・・・・・今日が最後だねぇ。」

ちゃんと笑えたかな、なんて確認するまでもなかった。頬の筋肉が引き攣って気持ち悪い。ああ、最後まで私って不恰好。ごめんね佐助くん、きっと私とのこの1ヶ月は佐助くんにとって消し去りたい思い出になる日がくるんだろうね。
それでもごめんね、その思い出、私は大切に持っておきたい。
「だけど私はこの一ヶ月、本当に楽しかった。たとえ佐助くんがバツゲームでも・・・私は、本当に佐助くんが好きだったから。・・・・だから最後に一つだけお願いを聞いてほしい」
「いやだ」
吃驚して顔を上げると、口を引き結んだ佐助くんの顔が見える。木陰がその上で揺れる。「・・・・・いやだ」もう一度はっきりと聞こえた。そうしてしばらく言葉を捜していた彼は、ただ一言だけ私に言った。
「ごめん」
やだな。謝って肯定なんかしないでほしい。
「たぶん俺が。・・・・・・違うか。かすがに、死ねって言われた理由、いま分かった。俺は本当に馬鹿だね」
そんなこと言われたの。笑うと、ちゃん、とまた意思を含んだ強い声。
ちゃん」
「うん」
さようなら。
一瞬先から、彼の口がどのように動くかが頭の中で鮮明に再生されていた。

「別れよう」

「・・・うん」
今日が、最後。
あーあ、まだ数時間はあったはずだったのにな。
朝起きて、今日はまだ夢を見られるはずだって思えたから学校に来られたのに。明日までは私は佐助くんの一番傍に居る人で、世界で一番幸せな人でいられるはずだったのに。
「うん、別れよっ」
こんな思いをするくらいなら、一ヶ月前のあの日に戻って佐助くんをフればよかったかな。好きです。ごめんなさい、私は貴方とは付き合えません。他に好きな人がいます。どんな顔をして言える。きっとタイムマシーンを手渡されたって無理に違いない。
結局私は彼に嘘などつけるはずもないのだ。
別れよう。結局はこのセリフしかない。

涙を堪えて震える睫の向こうで、佐助くんが僅かに微笑んだ。
「それで、もう一回聞いて」
「・・・・・・・え?」

「・・・俺はちゃんが好きです。バツゲームも何もなく、お金もいりません。俺と付き合ってください」

堪え切れなかった涙が一滴、制服のスカートをすべり落ちていった。
「佐助くん、そんな無理しないでって!私の為に嘘なんか付かなくていいから、優しくなんかしなくたっていいんだ、よっ・・・・!?」
ふわりと私の周りで風が舞う。スカートが後ろへと靡いて、私は引き寄せられた通りに前へと倒れこむ。さっき忘れないようにと必死に覚えた温度が私を包んでいた。柔らかい、記憶どおりの感触で。
「嘘じゃ、ないから。ごめんね。俺にはどうやって本当だって伝えればいいのか分からないけど」
頭が真っ白になって、そこに染み込むように佐助くんの温度が浸透する。何も分からなくなる。どちらが天でどちらが地なのかさえ。ただ分かったのは、もうこの温度を覚えようとしなくてもいいってこと。
「やっぱり、たった一日の夢かも」
「夢じゃない」
ぎゅ、と篭る力が私を幸せにする。「うそ、絶対夢だよ」「夢じゃないってば!俺様の必死のセリフを夢にしないでよ」ううん、それでもやっぱり夢だよ。紛れもない私の夢だった。「佐助くん、ちょっとほっぺ抓らせて」「なんで俺様のを!?」「だって既に締め付けられて痛いから」ああどうすればこの幸せを貴方に伝えられるだろう。胸からせりあがってきた沢山の言葉に押しつぶされて、返事もいえなかったけど。

「・・・ココア、奢って」

私の循環する感情は、加速しちゃったんだよ。
ああこの幸せが、貴方の手が触れてるこの指先からちゃんと伝わっていればいいのに。




も う 二 度 と 止 ま ら な い
(循環する君と私に囚われてしまった)





ちょっと文章の感じが違う・・・!
そんなこんなでともかくどうにか書けました!どんなもんだろう・・・ドキドキだ。
いろいろグチャグチャと考えたりして結末を迷ったりしましたが、書ききって、あ、これでよかったなーって感じです。
沢山コメントをいただけた話なので、とても思いいれが深いです。こんなにお待たせしてしまいましたが、少しでもほっこりしていただけたなら嬉しいです。ココアココア。
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