「・・・・嫌」
「だから何故でござるか!!」

さっきからこの問答を何回したのだろう。いい加減飽きてきたというか面倒になってきて、私はテレビに向けていた顔を右斜め後ろあたりに居る幸村に向けた。幸村は予想通り思いっきりムスッっとした顔で、お前は小学生かと言いたくなるくらいの拗ね具合だった。三日間ほどこうして意見を曲げないものだから、私は佐助に相談したのだが、いつもは味方をしてくれる佐助は「今回は旦那の方がマトモなことを言ってると思うけど・・・」と苦笑しただけだった。それが更に苛立ちに拍車をかけたので、私も幸村と同じぐらい意固地になっている。それでもここまで粘り続けるのだから、幸村の意地は強い。現に、いつもなら団子で懐柔できるワンコがまったく釣られてくれないのだ。おかげで私のほうが疲れ気味。だけど、私だってこれは譲れないんだもの。

「某は決死の覚悟でぷろぽうずをしたのでござる!なのに何故嫌だなどと申すのだ!!」
「煩い!だいたいなんでプロポーズを断る権利が私に無いわけ!?」
「それは・・・っでも、今の生活と、け、結婚と何が違うと言うのだ!!」
「ぜんっぜん違うわよ!」
「どこがでござる!一緒に暮らしておるし、某はを好いておる!も某を好いてくれておるはずではないか!何が気に入らないのだ!!もう付き合って三年目だぞ!?十分ではないか!」
「っ・・・な、何が何でも嫌なものは嫌なの!!色々変わるのよ!保険とか戸籍とか手続きとかお金とか全然違うのよ!?」

そう、嫌な予感はしていたのだ。
数日前から幸村がそわそわしていて。普通の会話でも変にどもったり挙動不審で。
それでもまさか、プロポーズなんてされるとは思わなかった。
・・・ずっとこのままで続いていけると思ってたのに、そう願っていたのは私だけということか。

「私は結婚なんかしたくないッ!!」
「どうしてでござる!政宗殿だって、普通のおなごは結婚願望があるゆえ急いだ方がよいと言っておられたのに・・・!!」
「私は普通の女子でもないし結婚願望なんかさらさら無いわ!」

「・・・なぜでござる」
少し低くなった幸村の声にビクリとするが、それでも意地で振り返らなかった。幸村が必死に悲しそうに目尻を下げながらこちらを見ていると分かっていたのにも関わらず。最低、私。それでもひざに埋めた顔は上がらない。
・・・・・・結婚なんてしなくたって、幸せになれるじゃない。
ぽそり、と呟くと、幸村は押し黙ったようにぐっと息を止めた。なんだかこっちが泣きそうになった。別に間違ったことを言っているわけじゃないと思うのに、どうしてだか。
・・・いつも、思ってた。
結婚して、私を生んだ両親。
いつも仕事にまみれててストレスばっかりで自分の思うようにも出来ていないし、喧嘩は絶えないし、お金の問題は起こるし。全然、幸せそうなんかじゃなくて。
ああ、こういうものなんだなって。その結婚とやらを夢見ているのは、馬鹿みたいだって、思った。
だから私は絶対にしないでいようと思った。

「幸せになんか、なれないじゃない・・・」

呟いてクッションを抱きしめてそっぽを向く。もう嫌だった。こうして日々が崩れていくから、結婚とかそういう話は嫌いなのだ。今のままの何がいけないの。このまま、笑って過ごしていればいいじゃない。面倒なことなんかせずに、幸村といれればそれで。
私が泣いていると思ったのか、幸村は黙り込んで、私を後ろからぎゅっと抱きしめた。暖かかった。やっぱりこのままがいいと思った。このままで私は十分だった。

は・・・の家族は不幸だったのか?」
「不幸とか、そんなのじゃない・・・。ただ、そこそこ幸せでそれなりに不幸なバカみたいな家だったわよ」

それは特に幸せでも不幸でもない、ただの居場所だった。それだけだ。だけど、私が心から成りたくないと思うもの。
きっとこの気持ちは誰もわからない。なんとなく感じる歪さ。幸せだとか不幸だとか言う枠組みに入れて測れないそれ。夢を見られるほど幸せではないけれど、夢を捨てきれずにいるような微温湯。わかってる、私が過剰に防衛しているだけなのだと。それでも、ねぇ、思うのよ。

「私は幸村がすきだよ。だけど、このままがいいの。嫌なのよ、崩れるのは・・・」

小さく呟いたら、幸村はもっと強く私を抱きしめた。私は前に回されている腕を掴んで、ちょっとだけ泣いた。

幸村がどれだけ悩んで皆に相談したりしてこのプロポーズをしてくれたのか、ちゃんと聞いていた。幸せになれよって言ってくれた政宗の言葉も、ちゃんと考えてやって、なんてらしくない真面目な顔で言った佐助の言葉もちゃんと覚えてる。その必死な様子の幸村を思い浮かべて幸せな気分になれるのも、真っ赤な顔をしながら言ってくれた幸村のその一生ものの言葉も、本当は聞けて嬉しかった。

それでも怖いのだ。
だってしょうがないでしょう?
一体この世界で、どれだけの人が結婚して幸せになれたというのか。・・・数えたらきっと、絶望的な数なんだろうな。現実ってどうしようもないんだろうなって。だからそういう話は、したくない。
何かひとつ変えてしまえば、何もかもが変わってしまうのだ。良い方にだけじゃない。ただすべてが現実に寂れていく。それを分かっているから。歪んでいくと知っているから。
あの言葉では表せないような歪さを持った家のように。

「・・・ずっと一緒にいて。変わるのは嫌なの・・・」

ぼろぼろ泣きながらその腕に縋ったら、幸村は私にプロポーズしたときみたいに優しい声で、「おぬしは馬鹿でござる。それを結婚と呼ぶのでござるよ」と言った。きっとその顔は赤くて必死なんだろうなと思った。この真っ直ぐな人は歪まないで変わらないで居てくれると、今だけなら信じられる気がした。私は幸村の無骨で暖かい左手の薬指に触れた。幸村がもう一度、あの時のように、「結婚してくれ」と私に言った。私はこの現実の歪みを知りながら、まどろみの中で肯いてしまった。






夢見るリアリストの


歪な現実論






私だったらここまで言われても結婚しないなぁ・・・(台無し)
正直なところ結婚願望はマジでない。驚くくらいない。ぶっちゃけヒロイン側の人間だ。
実際言われたらトキメクだろうけど・・・でもやっぱりかなり面倒だろうなあとか思ってしまいます・・・
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