後にも先にも、あんなに綺麗に泣く半兵衛を見たのは初めてだった。



「五パーセントなんだ」

なにがだよ。主語のない呟きに適当に返事を返す。その内容には、聞き返さなくとも薄々気がついている。それは私が幸せになれる確率であり、私が半兵衛の傍にいられる確率であり、半兵衛の未来が存在できる確率だ。つまりまあ、よくあるお話だねってこと。「ドラマみたいだと、笑いたくならないかい?」そうだね、私は今大声を上げて笑いたい気分だ。この真っ白で清潔であまりに整然とした美しき世界を壊すように。そうして、そこから半兵衛を連れ出せるようにと。「でも僕は・・・・・・なんでだろうね、ちっとも笑えないんだ」そうなんだ、悲しいね。ありきたりな言葉を心の中だけでかけてみる。だって、別に悲しくはない。たぶん半兵衛もそうだ。私も半兵衛も、そういうのは飽きるほど感じてしまった後だから、感じる心が存在しない。なんて中身の無い、可哀想な言葉。それでも・・・・・・それでも笑いたいという半兵衛がこっちを見ないから笑ってやった。半兵衛は何も言わなかった。本当、楽しくなるくらいに不愉快。「半兵衛は卑怯だ」花瓶の水を花と一緒に流しながら言った。何が卑怯って、誰がこの部屋の静寂を侵したときも、ねねがお見舞いに来たときも、半兵衛が敬愛する秀吉が尋ねてきたときすら泣かなかったのに、いま腕で目を覆いながら泣いているからだ。笑いたくなるって言ったくせに。そういうのは卑怯。一緒に泣かないだろうという人の前でしか泣かないなんて、愚かで計算高すぎる。死ぬ前くらい素直に泣いたらいいのに。「だから素直に泣いているじゃないか」そういう事じゃない。泣きたいときに泣いても良かったんだって言ってるのよ。私の前じゃなくて、泣いてくれる人の前で。ある意味半兵衛らしいなと呆れつつ、半兵衛のその真っ白で綺麗な髪を梳くように撫でる。泣いている半兵衛は綺麗だ。でも、今はこうしているけれど、半兵衛が死んだら半兵衛の身体も手足も全てが別物みたいになって、この髪の毛すらも抜け落ちる毛のように無機質なものに感じるのだろう。そうだとしたら、私はその前にこの半兵衛を半兵衛のままで消し去りたいと思う。半兵衛の死に対して感情を抱きたくない。そんな私はいらない。もっと綺麗に全部終わってしまえばいい。だって、「でもここはドラマでも物語の中でもないんだ」・・・・・・そんなこと知ってる。だから五パーセントは零パーセントに等しくて、半兵衛はもう流せなくなる涙を惜しむように泣いてる。小さい頃に半兵衛を苛めて泣かせたときのような、不細工で人間らしくて尊い泣き方ではなくて、ただ綺麗なだけの涙。そんな泣き方見たくなかった。「もっとちゃんと泣いてよ」私の代わりに。また、髪を梳く。半兵衛は笑った。そうして、君が泣いてくれなくて良かった、というようなことを言った。それは良かった。私が泣かないことで君の救いになるなら万々歳だよ。私は適当な返事を返して、部屋の窓枠に座る。軋んだ音がした。そうだ、と私は思った。そうだ、九十五パーセントの・・・・・・いや、百パーセントの未来が訪れたら私は、私を終わらせることにしよう。思いついた考えはとても素晴らしいもののように思えた。だからそのまま半兵衛に伝えた。「半兵衛が死んだ瞬間に私も死ぬね」窓は弱々しかった。私が軽く凭れかかっただけで、窓枠ごと外れて全部落ちるだろうってくらいに。そして、その様子を想像しながら私は目を閉じた。半兵衛はまだ泣いているのだろうか。半兵衛がかすかに動く音がした。「全く・・・・・・僕は最低な男だ」震えた弱々しい声。君は生きてくれ、という言葉を言う勇気が無いよ――。私は瞼越しの淡い光を見ながら笑っていた。もう半兵衛の泣き顔を見るのは御免だった。だから目は閉じたままにしている。目に焼き付けるべき景色もここには無いのだ。「それでも」半兵衛が、死ぬ間際のような弱々しい声で呟いた。瞼は開けなかった。私は聞こえなかったフリをして、窓枠にもたれた。

「それでも僕は零パーセントの世界を愛すよ、」









(・・・・・・私もよ)




零の未来

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