手慰みに懐中電灯をくるくる回したせいで、未確認飛行物体が発するみたいに光が飛んだ。街灯のない田舎道は文字通りの闇である。照らした部分とその周囲少ししか明るまず、照らされるのは退廃とした古臭い家屋ばかりで、ホラー映画で見るような光景が、田舎の夜というものだった。懐中電灯は当然の必需品なのである。それと、今はハサミ。
仕事が上手くいかないだとか、ありきたりな理由で暴力を振るうようになった父親に髪を切られた。首元からズタズタのそれを整えようと思って、家を出たのだが、深夜一時は当たり前に暗く、目的を達成できそうにない。懐中電灯を持っているあたり、冷静に家を飛び出したもんだと思ったものだが、そうでもなかったらしい。そのうち、このハサミはもっと原始的な使い方をするべきのように思えてきた。いい加減、リスクよりも心の平穏の方に天秤が傾きかけている。
神社の方に篝火が見えたので、ふと、お祈りでもしようという気になった。運の良いことに、戦神の社である。ここは一つ、私の戦争に加護でも頂けないかと、そういう魂胆のお参りである。戦国時代、天下を取るための加護を与えたような神なら、命の尊さについてとやかくは言うまい。
さて、境内に入ると、一人、男がいた。怪しかったので不躾にライトを当ててしまったのだが、存外若い。黒いスーツを着崩しているが、社会人というには違和感があった。やけに明るい髪色もそうだが、妙なフェイスペイントやアクセサリーなど、堅気らしさがまるでない。補導されるのではという恐れがなんとなく消えてしまった。ライトを向けられ、男は少し眩しそうにして、薄く微笑んだ。
「ねえ、それ、消してくんない?」
口調がやけに軽い。普通なら警戒すべきだろうが、私はなんとなく言葉にしたがった。
懐中電灯を消しても、篝火のおかげで意外に明るかった。これならば髪を切ることもできるだろう。明朝までには整えなければ、クラスメートに驚かれるに違いない。だがそれだけ明るいということは、男にも丸見えだということである。
不躾に眺めてくるだろうかと思ったが、そうでもなかった。視線があったのは一瞬で、次に視線があったのは、観察ではなく会話をするためのようだ。見ていないというよりはむしろ、観察慣れしていて、それが一瞬で終わったというような。
「ふうん、きみ、人を殺せそうな顔」
男がへらりと笑った。失礼という度を超えていたので唖然としてしまった。
「自分が、そうだろうとは・・・・・・思うけど。誰だって殺そうと思えば殺せるんじゃないの」
「そんなことはないんだよね、これが」男は本殿前の賽銭箱に腰かけた。「敵に出会ったことのない人は、自分が手を掛けることなんて考えたこともないし、できない。そういう人間もいるんだ、最初は気づかなかったけど」
篝火の揺れが影に伝わって、男の笑みが一瞬ぶれる。
「こんなところに何をしに来たの?」
「えっと・・・・・・」
手を持ち上げようとして、ハサミをぶら下げていることに気が付いた。
「戦争の、ために」
「戦争?」
「・・・・・・勝利祈願」
「なんだか、戦国の世にいるようなこと言うねえ」
男の眉尻が下がって、零すように苦笑いする。表情が優し気で、そうするタイミングが狂っている。
「髪、切ってあげようか」
唐突に男が右手を差し伸べた。丁度夜風が吹いて、首裏の慣れない涼しさに手をやると、冷えていた。
まったくおかしな話なのだが、その見るからに危ない男にハサミを渡した。刃の部分を握って突き出したときの、金属の冷たさが手のひらに残って、持て余していると、男は社の段に私を座らせて、その数段上に男も座り、髪を切り始めた。しゃくしゃくと軽い音が背後でしている。扱いなれているかのように器用なハサミ使いだった。髪がパラパラと落ちて肩に積もるのを時折払い落としていると、ただでさえホラーな場所にその要素を加えてしまっているような気がする。
「・・・・・・あなたはどうしてここに?」
「ん? 俺様もね・・・・・・神様に会いにきたんだ」
しゃくしゃくと散髪の音が続いている。リズムは常に一定だ。おそらく今もまた、場違いに優しい笑みを浮かべているに違いなかった。眼を閉じると、神さまの気配がする。





(神さまの庭にいる//150920)

狂信者佐助も良いのではと神が囁いた

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