死神。ぽつりとLが呟いた。
Lはレムのノートを確保してから、捜査が大きく前進したのにも関わらずどこか憮然とした表情をすることが多かった。納得がいかない、理解ができない、そういう思いは捜査本部全体にあって、だから他の者はそれについて言及しなかったのだが、月はそんなLの態度に違和感を覚えていた。
「らしくないな、竜崎」
「月くん」
「死神という存在がそんなに受け入れられないのか?」
Lはパンナコッタに盛り付けられている生クリームを長い銀スプーンで掬い取った。口に含む動作は大げさで、食べるという行為が必要以上に印象付けられてしまう。そういうとき月はLの顔から無理矢理意識を剥がされているような、不快な気分になることがあった。
月はそれを振り払うようにして、スプーンを銜えるLの顔を注視した。
「竜崎、君はキラが現れたとき、キラが直接手を下さずとも人が殺せるということをあっさりと証明してみせた。その驚くべき柔軟さと、現実をそのまま許容する力を持つ君が、そんな状態なのはらしくない。現にここにこうしてあるものには違いないだろう? 一体君はどうしたんだ?」
Lはスプーンを銜えたままじっと月を見た。Lは喋っている人物に全く目を向けないか、逆にその目に吸い込もうとするように見つめるかの両極端なところがある。月とLの目はまるで互いを射止めるかのように数秒の間動かなかった。やがてLはふいと顔を背けて紅茶に角砂糖を落とし始めた。
「いいえ月くん、私は死神の存在に戸惑っているわけではありません。ただ、」
「ただ?」
ゆっくりとした一定のペースで、ぼちゃぼちゃと砂糖は落とし込まれ、そのせいで紅茶の飛沫が飛ぶ。月は眉を潜め、避けるように身体をその場から遠ざけた。
「死神がいるのなら神も存在するのでしょうか」
「はあ?」
その突拍子のなさに月は思わず眉を寄せてしまった。文脈のすっとび方にもそうだが、全く論理的でないし、そもそも何の話なんだと月は問いたかった。が、月は自分の困惑をそのまま言うことに無意識の抵抗が働いて、少しの呆れを垣間見せるよう造った苦笑を浮かべた。
「全く論理的じゃないな、竜崎。死神が存在することと神が存在することに明確な繋がりはないだろう」
「ええ、そうですね」
今度はLがあっさりと肯定したので、月は口を噤んだ。まるで子供と対話しているかのように、感性の違いが理不尽な力となって押し寄せてくる。まるで世界観が違う。
「ですが万物には表裏があるように、存在には対極があるものです。悪魔という概念と天使という概念が当然としてあるように、荒れ狂った神が生まれれば温厚な神が生まれ、キラという存在がいれば私という存在がいる」
「つまり死神の対極は神で、だから神も存在すると?」
「死神が使うノートに死神自身がルールを作るわけはない。わざわざ使いづらくするようなものですからね。ただ、そう考えると死神の上や対極に神に近い何かが存在するというほうが可能性が高いです。しかしそう認めなければならなくなる状況がまた訪れ、どこまでも未知な存在が絡んでくると厄介だと思います」
Lはそう言ってようやく角砂糖を落とすのをやめた。紅茶の底には崩れた砂糖が積もっていて、最後の一つはその上に載り、ぱちゃ、という水面を割るだけの音しか立てなかった。
「だからどこまでの存在が出て来ても許容できるかを自分の中でシュミレートしていました」
どこまでも淡々とした口調だった。Lはカップの取っ手を摘み上げるようにして、傾いだ危なっかしいカップを口に近づける。その工程で今にも中身を零すのではと、月はもはや諦めに近い考えを持って眺めていた。カップの中身は紅茶で浸した砂糖と表現するほうがそれらしかった。Lはざりざりと砂糖を飲み込んだ。
「少し入れすぎました。味は良いですが飲みづらい」
「竜崎・・・・・・」
「なんですか月くん」
「恐らくその心配は必要ないさ」
Lは一瞬瞳を輝かせた。それは面白いものを見たときの子供のような煌きだった。
「どうしてですか?」
月はLが、月がキラだからこそ死神以上の存在は登場しないということを知っているのだと、そういう考えで月の言葉を聞くだろうことを理解していた。だが月は、それでも構いやしないと思った。
「神がいたとして、それは僕らの敵じゃない。キラが大量の殺人を犯すのを平然と見ていると同時に、僕らがキラを捕まえ死刑台に送るのも平然と見ているさ。高みの存在なんか気にしたって仕方がない。同じ高さにいるやつが本当の敵だ。何者にも対極が存在するというのなら、やはり人間の対極は人間だろう。キラの対極は、竜崎、きっとお前だ」
僕の対極はお前なんかじゃないがな――そう心の中で付け足して月は微笑んだ。唯一無二の頂点、その何にもしない神がいる、もしくは空の王座に座るのは僕だ。
しかしLは「恐らくそれは違います」と口調を変えずに否定した。
「キラは確かに私を敵視し邪魔だと思っているでしょうが、どう認識しているかはまだ分かりません。知らない人間が同じ高みにいるかどうかなんて、考えようがない」
月をキラだと疑っているままのくせに、いけしゃあしゃあと知らない他人のことを話すようにLは言った。またざりざりと砂糖を喉に流しいれて、「だから」とLは再び月と目を合わせた。
「私の対極はキラ如きではありません」
「竜崎、さっきと言ってることが違うぞ」
ぴた、と一時Lのスプーンの動きは止まった。Lはじっとパンナコッタを見ていた。しかしやがて何事もなかったかのようにスプーンは動き、パンナコッタの中心部を抉り取った。
「私の対極はキラ如きではありません」
随分と子供染みた、拗ねたような声だった。





(クレーター・オン・ザ・パンナコッタ//121218)

デスノート/月とL
Lに食べ物をど真ん中から躊躇いなく食べる癖があったりしたらかわいいな、と。たい焼きを腸から食べるかんじで。
少しスパイラルっぽい話になった。


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