「あー・・・・・・なんかさ」
「うん」
私が場を持たせようと搾り出した呻き声のようなものに、佐助は律儀に相槌を打った。私に意識を向けていて、しかも話をちゃんと聞くと思っていなかった私は阿呆のように、というかアホそのものなんですけどね。とにかく口を開けかけたまま固まってしまったわけだ。
「なんかさ、なに?」
「え、だからその」
特に話題を用意していたわけではないのだけれど。
「なんかこう・・・・・・夏の夜って、切ないよね」
「なにそれ」
俺様は結構真面目な話だろうと思って聞いてたよ?そんな事を冗談っぽくいうものだから素直に謝ってしまったけれど、なんで私が出した呻き声とか適当な言葉を真面目な話だと思うんだよ、とはたと思った。佐助は私が思う以上にうそつきだ。例えどんな軽口でも嘘が含まれていそう。とか。ここまでくると疑心暗鬼かもしれない。
嘘、といえば、心理学の有名な実験があった。やっと働いた頭を動かして、私はさきほどのグダグダな話を切り替えた。さっきの阿呆な私とはおさらばだ。
「そうだ佐助、三分間くだらない話をしてみない?」
予想通りというか、佐助の返事は「はぁ?」の一言。私は先ほどの言葉に用意していた補足説明を加える。「ある心理学の実験でね。たしか、知らない人間同士に話をさせるってだけ。で、その人たちの会話の記録からすると、人間は三分間話をするだけでだいたい十回の嘘をつくんだって」嘘をつく必要などないのに口からウソがでる。何かを誇大化したり、デタラメを言ったり。詳しくは知らないけれど確かにそうなのだろう。私も場を盛り上げる為にいくらでも嘘をつくし、何かを誤魔化すためにも沢山嘘をつく。佐助はもっといろんな理由をもとに嘘をつく。
「それで・・・・・・俺達が三分話してどうするのさ」
「佐助は何回嘘をつくかなーって」
「俺様はばれる嘘はつかないよ」
「あ、嘘一回目だね」
言うと佐助は呆れたように眉を顰めて大袈裟に溜息をついた。「それでも嘘の回数は集計できないでしょうが」いやいや、これでも私は佐助の嘘を見破るのが得意なんですよ。ほんとに?ほんとに。
「はい、の嘘二回」
「えっ酷い!嘘じゃないのに!」
「三回〜」
ニヤニヤと佐助が笑う。これは私がどう足掻いても話が有利な方向へいきそうにない。私は少し黙って作戦を練ろうとする。横で佐助が気だるげに頬杖をついていた。「ほらね、俺様はの嘘を見破れるんだよ」「・・・・・・二回目」「ちょ、なに同じ道に引き込もうとしてるの!」いや、だってほら・・・・・・ね。
「嘘吐きのくせに」
どうすれば佐助に嘘をつかせられるかと、なんだか話の方向性が変わってきたような目標を立てながら考える。佐助は相変わらず馬鹿にしたように笑っていた。ので、私はないがしろに置かれた佐助の左手に自分の右手を重ねた。佐助が人に触れられることに弱いのだと、私は知っているのだ。
「佐助」
「はい?」
「佐助はいつか私の傍からいなくなるでしょう」
「・・・・・・そんなことないよ」
そんなことない。もう一度繰り返すように言う。嘘は付かせられたのに私はなんだか惨めやら切ないやらで一杯になって、目を細めて変な顔で笑ってしまった。卑怯な手を使ってしまった。さりげなく引き抜かれた左手を寂しく思いながら、今度はちゃんと笑う。「これで嘘四回。私を抜かしたね」佐助は否定、しない。静かになった佐助から目を離して考える。この造り笑いは嘘に含まなくていいかな。

私と佐助の間にしばらくの空白が横たわったようで、夜の虫たちの鳴き声が聞こえるようになる。鈴虫、かな。そういえば昼間あれほど煩かったセミ達はどこへいったのか。眠っているのだとしたら、一週間の命なのに人間と同じ睡眠量という計算になって、そうすると怖ろしいほど活動できる時間が短い。彼らは眠るのが怖くはないだろうか。私なら三日くらい頑張って徹夜して・・・・・・ああでもそれをすると死んでしまうのか。
「――俺様ね、に絶対見抜けない嘘、つけるよ」
違うことを考えていたせいで直ぐにその意図を飲み込めなかった。「見抜けない、って断言している時点で私はそれが嘘だと分かるわけだけれど」今から貴方に見抜けない嘘をつきますよーってそんな馬鹿な発言をする奴がいるか。いやだからそれ嘘なんでしょって話じゃない?「そうじゃなくて、嘘かどうか分からないだろうってこと」それがまず、嘘くさい。
「それ、私がもし見抜けたらそのセリフも嘘ってことになって、一気に佐助の勝率と株が下降するよ」
「え、株も?まぁとにかく、俺様は勝てない賭けはしないよ」
「・・・・・・それも」
失敗したら嘘になりますけど。
ああなんだか考えるのが難しくなってきた。
ぐるぐるといつも働かせない頭をフル稼働していると、だいたい勝率ってなにのさ、と佐助がぼやいた。そういえばこれは勝負じゃなかった気がする。
「とにかくその、嘘かどうか分からないセリフ言ってみてよ」
が好き」
・・・・・・。
はぁ。
「いやそれ、嘘じゃないじゃん」
「ええ?なんかそう自分から断言されると変な気分」
「だってそれは友愛の好きでしょ」
「違うよ」
「はいそれが嘘」
「・・・・・・違う、のになぁ」
あ、今の顔、私がさっきした変な笑い方みたい。
リンリンリン。鈴虫が軽やかに鳴く。近くで見て姿を美しいなと思ったことは一度もないけれど、この音は素直に美しいなと思う。メスの気をひこうとするオス。彼らの命は何日だっけ。とにかく頑張れ。隣のこの馬鹿みたいに失敗するなよ。
「なんかさ」
結局彼の嘘は八回か九回ほどになったのだったか。いろいろと失敗した例の男は、私が場を取り成す為に呟いた繋ぎ用のセリフをリサイクルしてきた。
「なんかさ、なに?」
「・・・・・・なんか」
「うん」
「夏の夜って切ないね」
そうだねえ。





(夏は夜//11XXXX)

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