57

「・・・・・・やっぱり血縁ね」
「何?」
のぼやきをサラザールが聞きとがめた。
「自分の為だけに約束をするところも、選択肢を与えるように見せかけて選択権を奪うところも。私は、私から自由を奪う人が嫌い。あなたも私の敵になるんだね」
サラザールは沈黙し、答えない。肝心なところでこの男は逃げるのだった。
は小さくため息をついた。
「三つ、言っておくことがあるわ」
「なんだ?」
「内容が言えないのは分かったけど、望みを後からいくつも追加されるのは困る。一つに絞って」
「それでいい」
「それと忠告。契約を交わすということは、もう二度と好意的に助けることはないということだから。それを忘れないで」
「ああ」
「・・・・・・あと、彼も助けてあげてくれないかな」
指さされたアルファードは、先ほどから胡乱げな顔つきをするばかりで、意味の分からないことを一人喋るに困惑している。
「アルファードが来てくれたことは、あなたにとってもプラスに働いたように思うから」
ちら、とサラザールはアルファードに視線をやった。
「それも願いのうちか?」
「いいえ、ただのお願いよ。強制力は無いわ」
「・・・・・・いいだろう」
サラザールが頷いたのを確かめ、は踵を返した。
「おい、? 訳が分からんのだが」
「アルファードはここで待ってて。ちょっとあっちに用事ができた」
クイと手首を捻り、親指で瓦礫の山を指す。体当たりでもされているのか、度々振動してはパラパラと砂が落ち、瓦礫に隙間ができはじめている。
「お前、何を言って・・・・・・」
「大丈夫、ちゃんと脱出させるから」
「そういう問題じゃない!」
「残念ながらそういう問題なの。悪いんだけど、杖を貸してはもらえない?」
「はあ!?」
杖を貸せだなんて、魔法使いにとってはほとんどありえない頼み事なのだろう。兜の下でどんな顔をしているのかはわからないが、アルファードは素っ頓狂な声を上げた。しかし、が真剣だと知ると落ち着きなく歩いたり兜を押えたりした後、投げつけるように杖を渡してきた。
「後で説明しろ。いいか、全部だぞ」
は場にそぐわないほどに相好を崩した。
「結局、本当に味方だったのはあなただけだ。ありがとう」
「・・・・・・礼ならいい」
「すぐにとはいかないけど、いつか必ず話すよ」
そしては、瓦礫の向こうへ声を張り上げた。
「トム・リドル! いまからそっちに行くわ。一度バジリスクを引いてくれないかしら」


リドルは蛇頭の石像に腰かけ、優雅に足を組んでいる。その後ろにとぐろを巻いてバジリスクが控えた。巨体がピチャピチャと水音を立てながら、時々蠢いている。直接見てはいないが、身体の角度からして頭は高い位置でもたげているようだ。
「退路がないことに気づくのが少し遅かったね」
退屈そうに首を傾けた、リドルの瞳に艶が乗る。
「そうでもないよ」
「というと?」
「勝てば逃げられるでしょ?」
はわざとあっさりした口調で打ち明けた。その際、バジリスクになるべく意識をやらないようにする。視線でリドルに気取られては意味がない。
「奇しくも今、選択肢をひとつしかくれない自分勝手な人が二人いて、まがい物の選択肢ができていてね。あなたに従うか、サラザール・スリザリンの意志に従うべきなのか、迷っているところなの」
「・・・・・・なんだって? スリザリンの・・・・・・意志?」
ずっと冷静だったリドルの語調が僅かに揺らいだ。
そこには畳みかける。
「ねえ、戦おうかリドル。まずはお辞儀をするんでしょう? それから、杖を構える・・・・・・。本当にサラザール・スリザリンの継承者なら、勝つのはあなただ。でもそれはまだわからない。彼の意思が誰の為にあるのか、賭けをしよう」
「・・・・・・どういうことだ? こんなのは賭けにもならない・・・・・・」
「あなたはスリザリンの継承者。その蛇があなたの命令しか聞かないのがその証。だけど、万が一スリザリンの意志が私を救ったら、面白いと思わない?」
「言っているだろう。そんなことはありえないよ」
「実は、今この部屋にはサラザール・スリザリンの意志が存在している。ありえなくはないわ。そうね・・・・・・もしもこの賭けに私が負けたら、この記憶を全部あげるわ」
「お得意の戯言、か?」
失笑を浮かべ、リドルが杖を取り出す。杖を手にして五年にしては慣れすぎている動作だった。おそらく、この学校生徒の誰よりも使用頻度が高いのだろう。
霊体であるサラザールがすぐ横に舞い降りる。
はコケオドシの杖を半身に構え、サラザールもまた、それに付き従う者のように傍にある。
ここからはまがい物の選択肢だ。これはサラザールにとっての分岐であり、にとってのものではない。がリドルの側に行くか、サラザールの側にいるかは、ここからのサラザールの行動で決まる。の賭け事はサラザールに対しての警句にすぎない。彼はがリドルの側に付くのを嫌っている。警句は、言った通りにサラザールが動くかどうかを、が信じていないことの証だった。これが契約のちっぽけな代償だ。


 




















58

正眼に杖を構えたリドルは、しばらくしてクツクツと漏らすように笑いはじめた。は眉をひそめ、杖を少し下げる。
顔を手で覆って、リドルはなおも笑い、その声は不気味に地下へ反響した。
この状況で自ら視界を閉ざすとは、酔狂なことである。やがて笑いを抑え、手を降ろしたリドルの瞳は不気味に光っていた。
リドルは口を開く。
「今だから教えてやろうか。僕はね、魔法が使えるのに使わないやつが大嫌いなんだ」
取り繕っていたも、今や表情は険しい。リドルの底知れない闇にあてられたのだ。
「僕の母親は愚かだった。使える魔法も使わないで、マグルに捨てられ、死んだ。あの女、死ぬ前になんて言ったと思う? 『ああ私のトム・リドル、どうか父親に似ますように!』そして死にながらこの僕に呪いをかけた・・・・・・ダンブルドアに言わせれば、愛の魔法だそうだ――愛だって? 全く、笑わせてくれる」
「! それは・・・・・・」
リドルの言葉の意味を理解し、はさっと青ざめた。愛の魔法――死ぬ間際に強く想い願うこと。リリーがハリーに残した魔法。その魔法をリドルもまたもらい受けたとしたら――『父親に似るように』という、あまりに些細な――そしてその通り、リドルは悲しいくらいに父親に似た。リドルは彼が憎むマグルの姿になった。
そういうことだったのか、と腑に落ち、同時にはリドルをひどく憐れに思った。リドルは愛を得られなかった、得られたと後から思うことさえ不可能だった。顔も身体も名前さえもマグルへの愛として与えられ、存在するだけでそれを常に思い知らされた。ならば、唯一それ以外である半分の血に固執することが、どれほどおかしいことだろう?
「わかるかい? 使える魔法も使わず、殺すべきマグルを生かし、それゆえにこの僕にくだらない呪いを残して死んだ。あまつさえ、それが、マグルへの愛だ!」
リドルは、少しずつその憎しみを露出させ、攻撃的になった。しかしそれを唐突に引っ込めたかと思うと、をひたと見据えた。
「そして、同じように魔法を使わない君に興味があった。魔法に深い知識を持ちながら、どんな場面でも魔法を使わない君に。そしてその心理にね・・・・・・」
は初めて正しく理解した。つまり、このどうしようもない日々が何をもって始まっていたのか・・・・・・。
魔法使いではなかった。魔法の知識もない。創始者の遺産など探してもいなかった。それでも嘘は必然で、歪に噛み合ったのだ。
「僕は君に魔法を使わせたかったのさ。それが叶って嬉しいよ」
リドルの笑みはあくまで柔らかかった。
「私は・・・・・・違う。こうなったことを悔いてる」
「いいや、、君は正しい。君は魔法を使わなければならない。ただ死を待つだけならばマグルにもできる」
「・・・・・・マグル、にも」
「つまらない話をしたね。そろそろ時間だ」
リドルはとても優雅にお辞儀をした。左手を背に回し身体を折ると、重みで髪が前に流れる。ゆっくり身体を起こし、半身を引く。杖の位置が少し高い。
「覚悟は決まったか?」と、サラザールが問う。次にが目を閉じるとき、身体を明け渡すとの約束だ。
は僅かに顎を引いた。杖は腕の延長のようにまっすぐリドルへと突きつけている。剣の持ち方である。杖の構え方など知らなかった。
「悲しい結末になるのかな」
「そのようだね」
代わりにリドルが答える。
は怒ればいいのか悲しめばいいのか分からなかった。代わりには杖を持つ手に力を込めた。
「・・・・・・サラザール・スリザリンの成すことが・・・・・・正しさでありますように」
「祈っているのかい?」
「違う、ただのお願い」
そして目を閉じた。


 

















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