ゲームオーバー、


わたしは猿飛くんが好きです。
もうそれはそれは言葉で表せないくらい好きです。
へらっとした笑い方とか、飄々とした態度とか、掴み所がないところとか、ときどき見せる冷たい顔とか、困ったように溜息をつくところとか、世話焼きでお母さんじみてるところとか、何かが欠落したような心や、それを隠しておどけて見せるところ、それと、誰も信用しないその目も。
みんなみんな猿飛くんの全てを、猿飛くんってひとを余すとこなく愛しています。
でもその猿飛くんという人は、わたしが彼に好意を抱いていると知ればすぐ一線引き、その上でわたしに優しく接してくれるけれど、それに耐えられなくなってわたしが逃げ出したって追ってきてくれないような人です。女癖が最悪な事にも実は気が付いています。でも好きなんです。それすらも好きだといえてしまえるのです。正直自分でもおかしいと思うほどの恋で、わたしはそれを持て余しているだけです。でも良いのです。例えばこの先あなたの性格が変わってしまおうとも、やっぱりわたしはそれを愛おしいと思ってしまえるのでしょう。それはべつに矛盾しているわけじゃあないのです。
今だって、わたしは猿飛くんのすべてを知っているなどと言うつもりはないし、そう思ってもいません。だけれどわたしはそれを全部知り尽くしたってきっとあなたを愛せていると思うのです。これを恋と言わず何と呼びますか。ああ、やはり言葉では表せません。

ところがそう、本題はこれなのですが、この恋には大きな障害がありました。
そう、お相手の猿飛くんそのものです。
分かりきっていますが、わたしが愛する彼はわたしを好きになるような人間ではないのです。
そう、わたしはわたしを好きにならない人を好きになったのです。
・・・最初から分かってはいました。
だからべつにこの恋を叶えたいとは思いません。むしろ叶ってしまったらそれはわたしの愛する猿飛くんではない偽物なのだと疑わねばならないでしょう。
彼とわたしの道は繋がっていないのです。

けれど、そんなわたしにも欲しい物があるのです。恋を叶えるためではありません。
わたしがただこの恋をもう諦めてしまいたいので、捨ててしまいたいので、そうするだけのことなのです。
どう言葉で取り繕ったって、わたしは愛してもらえないのです。そんな猿飛くんは好きだけれど、わたしは強く在れないのです。

だから今日、わたしは猿飛くんに告白しようと思います。

「はぁ。俺様も恋してみたいよ」

「む?でも彼女はおるのだろう?」
「しかも複数にな」
ぽそり、と愚痴をもらすと目ざとく・・・って表現は違うか、この場合耳ざとくって言うべき?とにかく、ただの独り言で あったはずなのにわらわらと野次馬がやってきて口を出した。いったい俺様は何をしているんだか。こいつらこういう話題に飢えてるんだから迂闊なこと口走っちゃあだめでしょ。
「まぁお前のは恋とは呼べんよなぁ」
「そうそう、本当の恋はいいもんだぜぇ!」
「・・・ふん、くだらない」
旦那を筆頭(この筆頭は伊達の取り巻きが言うそれじゃないよ、もちろん)とした変人グループ(断じて俺様は変人じゃないと言い張る)の六人は今日も相変わらずで、銘々が好き勝手を言い始める。ニヤニヤとしている竜の旦那が煩わしくて仕方がないが、下手を打ったのは俺様だと頭に言い聞かせ、この状況を打開する方法を検討し始めることにした。無駄だけど。
「それにしても佐助、どういう心境の変化だよ」
というか、余計なお世話だ。
確かに俺様の女付き合いはあまりよいと呼べるものではないが、竜の旦那なんかもっと酷い。教師にまで手を出したと噂を聞くし、どんな憎たらしい高校生なんだと激しく突っ込んでやりたい。それに比べて俺様のお付き合いはなんと可愛らしい事だろう。

そんなことを一人ごちている間に竜の旦那が旦那に(旦那って呼ぶのやめよっかな、ややこしい)俺様に関する余計な真実を吹き込んだようで、「某の知らぬところでそんな最低な男になっておったのか!?うう、某は哀しいでござるうぅぅぅ!!」と叫びながら旦那はどこかに走り去ってしまった。原因はただニヤニヤ笑うばかりである。軽く殺意を覚えてもいいレベルの嫌がらせだ。

「でもよぉ、佐助。俺もお前の女付き合いの仕方はやめたほうがいいと思うぜ」

呆れるように鬼の旦那が言った。たしかこいつにはこの前念願の彼女が出来て両思いラブラブなんだっけな。見てるだけでこっちが恥ずかしいくらいの。そんなことをぼんやり思う。
「べつに俺様が酷い扱いしてるわけじゃないよ。付き合う前にちゃんと『俺様最低な男だけど、それでもいいなら』って言ってるしね」
「それが最低なんだろ・・・」
竜の旦那にまで言われた。あんたにだけは言われたくねーよ。誰にも言われたくないけど。
俺様がどれほど酷いかを談義し始めた東西コンビ(校内ではそう呼ばれている)からさりげなく離れて、空になって転がっている紙パックジュースを拾い上げる。こういうところをオカンと呼んでくる馬鹿もいるが俺は断じてオカンではなく、ただ気になるからしているだけだ。
べこべこと握りつぶしていると、前田の旦那が珍しくまじめな顔をしていた。

「お前もちゃんと恋が分かるようになればいいのにな」

・・・・・・そんなもの、わかんなくたっていいさ。
ただ刺激が足りなくて最近暇してただけ。本当に恋をしたいなんてこれっぽっちも思っていない。
そんなこと、言わないけどね。
緩い弧を描いて、俺様が投げた紙パックがゴミ箱へと入る。

「猿飛くん」

紙パックが廃棄物に混じった音と同時にその声は俺様を呼んだ。

いた、猿飛くんだ。
視界の前の方に彼の姿を見つけてわたしは彼に声をかけた。

「猿飛くん」

と、声をかけてしまったものの、告白をするのであれば彼が一人で居る時に言うべきなのだろうか。しばらく考えたが、他の人はちらりとわたしを見ただけで雑談に戻っていった。あまり気に留めてはいないらしい。じゃあいいか。わたしはにこりと猿飛くんに笑いかけた。
「いまちょっといい?」
猿飛くんは一瞬だけ冷たい表情をして、だけどすぐさまそれを消して微笑んだ。見間違いかと思ってしまうほどだ。そんなところも好きですよ。大好きです。
猿飛くんは「いいよ」と言ったのでわたしはあらためて猿飛くんの顔を見てみました。わたしより高い目線。その背の高さも好きだなぁと思う。あ、もちろんこれ以上背が伸びたって大好きであります。

なんて惚気てる場合じゃないか。とりあえず最初は何をどう言おう。好きです、だけでも簡素だし、ああでも彼はそもそもわたしのことを知らないのだったか。「わたし、C組のっていうの」ということでまず名乗ってみた。なにか流れが変なような気もする。
あとは本題だけでいいだろうか。表情はどうしよう。さっきは普通に呼びすぎたから変だったわけで、じゃあやっぱりこういうときはにっこりと笑うべき?うん、きっとそうだわ。笑っておこう。
言っちゃえわたし。好きです猿飛くん。大好きなのです。だから、

「猿飛くんが好きです。だから、わたしと付き合ってくれません?」

自分でも笑っちゃうくらい馬鹿っぽくて軽い告白だった。
・・・・・・ちょっとさらっと言い過ぎたかもしれない。

「わたしと付き合ってくれません?」

そう彼女が言った瞬間、もちろん表には出さなかったが、俺様はかなり驚いた。まず第一に、俺様はこの子のことを知らない。さっきC組のとかいってたけど、まずそれからおかしいよね。名乗ってから告白って。今までも知らない子が告白してきた事はあったけど、名乗ってきた子なんか一人もいなかった。
あと、そもそもこの子のテンションって告白する時の物じゃない。「コレ取って来てくれない?」とか頼む時のテンションだろ、それ。
竜の旦那や前田の旦那だって今ぽかんってしてますよ。アホ顔さらしてますよ。今のが告白って分かってたら、あんな会話の後だしそれはそれは興味を持っていただろうに、事務的っていうか、用事があるんですよ、みたいな口調のせいで、それすらも出来なかったみたいじゃないのさ。

って、動揺しすぎだよ俺様。ええと、何言えばいいんだっけ。そうそう、告白の返事だ。その前にまず、

「・・・俺様、最低な男だよ?」

そうだ先手を打っとかないと。あとあとの面倒を避けるための常套手段。断ってもいいけど、最近暇だからおもしろいかもしれない。今までにないタイプだしね。あーほんと俺様って最低。
さて、それでこの子はなんて答えるのかな。変わった子みたいだし、ちょっと興味がわいて注意を向けてみる。その子は迷う様子もなく笑った。

「それを含めて全部好きですから」

・・・・・・うわ、柄にもなくちょっとうれしいかも。なーんて。
こんなイイコがなんで俺様なんかを好きになっちゃうかなぁ。どうせなら旦那あたりを好きになってれば、少しは幸せだったろうに。そう思ってから内心で自嘲。告白されて憐れみしか浮かばないって、自分は人間としてどうかしてるんじゃないの。ねぇ、、さん。アンタもきっとそう思うでしょ?

「いいよ、付き合おっか」

ちょっと軽すぎたかなって思ったけど、まぁいいや。この子も相当軽かったし。
うわっつらの笑顔で笑って見せたら、その子も笑顔を返す。
なんだ、普通に可愛いじゃん。

そう思った瞬間、拳が飛んできた。

俺様は最低ですよ、だってさ。やっぱりここで先手を打つんですね。本当に最低なひと。でも私はそんな最低なところが「それを含めて全部好きですから」・・・これはかなり本音。だって好きなんですよ。
それにしてもなんて冷たい顔をするのでしょう。女の子達が泣く理由がわかりすね。もうちょっと優しくしてあげればいいのに。
・・・それが猿飛くんたる所以だと言い切れるのなら、わたしも泣かないで済んだだろうか。
猿飛くんはちょっとだけ苦笑した。気がした。
「いいよ、つきあおっか」
あまりにも予想通りの答えだった。これが両思いならよかったのに、と思わずにはいられない自分も茶番だったけど、こんなやりとりも酷い茶番でしかなかった。
わたしは彼が好きで、彼は誰も好きじゃなくて、そんな彼をわたしは利用しようとしている。
こんな最低な喜劇があるだろうか。

・・・・・・ごめんね、猿飛くん。

わたしは、猿飛くんの鳩尾めがけて拳を振るった。
ドゴ、と鈍い音が響く。
なぜ鳩尾かというと、麗しい顔を傷つけたくなかったというのと、そうしてたら今頃わたしが猿飛ファンの子にぼろぼろのずったずたにされてしまうだろうことを考慮してだ。今でもちょっと危ないけど、それには目を瞑ることにする。
「ぐ、」
女の力だから、全力と言っても知れている。案の定そんな大事にならず、彼がちょっと後ろに押されただけだった。漫画みたいに吹っ飛んでくれたら爽快だったのに。呆然とした顔の猿飛くんを見上げる。この表情は初めてみた、かも。
ゆっくりと自分の下へと引き取った拳をみて、戻れないことを知る。
ああ、わたしの精神はどこまで耐え切れるのか。

「じゃ、猿飛くん、別れよっか」

わたしと猿飛くんが付き合ってたのはたったの15秒だった。

スピード離婚よりもスピードのあるこの破局に付いていけた人物は誰もいなかったのだな、と気づいた頃には俺様も状況においていかれている人物の一人だった。
何がなんだか分からなくて、呆然とその子を見る。
衝撃を受けたのは俺様だけじゃなかったらしい。竜の旦那達のみならず、そこらへんを通りかかっただけの野次馬さえ、ぽかん、とその子を見ている。
そんな事に気付けるくらい冷静になるまで数秒かかった。
てかなんで殴られてんの、俺様。え、意味わかんないんですけど。なんかしたっけ、てかあれ、何がどうなってこうなったんだっけ?なんか地味に痛いんですけど。いや、派手に痛かったらもっと嫌ですけど。

・・・・・・やっぱり全然冷静じゃないかも。

「わたしもいろいろと考えたんだけどね」

女の子はそんな状況になんら興味を示す事もなく、臆する事もなく、どうでもよさそうに言った。実際どうでもよかったのかもしれない。
「キミと付き合って当然のごとく別れちゃって、名前も忘れられるような、多くの彼女さんみたくなりたくなかったのよね」 
わたしってばキミにベタ惚れだから。言い切った彼女を思わず凝視してしまっていた。
「まぁキミを好きになった時点でわたしの負けだったんだけど、なにせ諦めが悪いから、」
動く事を忘れたように彼女を見、彼女の声を聞いていた。
魅せられて、いた。

「だからせめて、わたしと言う人間を記憶に刻み付けてやろうと思って」

ほら、わすれられなくなったでしょ?
けらけらと笑った彼女。そう、そのときようやく彼女の目的は俺様に理解され、そして同時に達成された。彼女が俺様に求めたのは、文字通り、ただ彼女の恋を認知し且つ記憶に留めおくことだったのだ。その方法は見事だった。俺様はもう一生この子を忘れられない。してやられた。
「心底心外って顔だね。でもわたし言ったわよ?」
あはは、と今まで付き合った誰よりも綺麗な表情。

「 キミの全てを愛してる。・・・てね? 」

―――理解せざるを得なかった。
俺様は俺様を好いたというこの人間に嵌められたのだ。
先手を打ってちゃんと一線引いたと安心しきっていた俺は、先手を打たれていたのだと。

ああ、すっきりしました。伸びをして、くるりと彼とその他の人々に背を向ける。
言いたいこといったし、これでこの醜くて狂った恋も終わり。
良かった、と思う。
わたしなんかに縛られない方が、きっと猿飛くんも幸せだろうから。
好きな人の幸せを願って終われる恋なら、後悔などできるわけもない。
わたしは真の意味で目的を達成できたのだから。
(ただ、)
ただ、誤算はあった。
(わたしも猿飛くんの事を忘れられなくなってしまった、な)
苦笑して、冷たい廊下を教室に向かって進む。これでわたしは本当に何処にでもある、日常に帰り、退屈な授業を受け、チャイムの音を聞きながら帰宅の用意をし、朝通った道を辿って家に帰り、晩御飯を食べ、暖かい布団に包まり、そうして深く深く、すべてを置いてきぼりに出来るくらいに深く眠るのだ。

(・・・・・・・さようなら)

さようなら、佐助くん。

「oh!ぶっ飛んだ女だ。俺の女にしてぇな」
竜の旦那の呟きにより、ようやく固まっていた全てが動き出す。野次馬たちはそれぞれのグループで騒ぎあい、変人グループは銘々好きなように状況を楽しもうとし始め、いつの間にか帰ってきた旦那に大丈夫かと聞かれるまで呆けていた俺もまた、正気に戻る。
・・・・・・いや、戻り間違えて、狂気にたどり着いた。

「おい、本当に大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないみたいだ、俺様」
「は?」

なんだ、頭のどこかでも切れたのか。そんな毛利の旦那に傷つくことも忘れて、そうかもしれない、と同意する。
俺様らしくない。こんなの全然俺様らしくないのに。

「俺様恋しちゃったかも」




コンテニューしますか?


NO / YES


(あたしはもういいかな)(もちろんするに決まってんだろ!)




ぶっとんだヒロインが好きです←
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