「佐助くん佐助くんっ」

「どうしたの?ちゃん」

呼んで振り向くのは一週間前から付き合いだした私の彼氏。私のクラスで一番かっこよくてモテモテの美形さんだ。つまり、私が今付き合えてることが奇跡に等しいってくらいの遠い人。
驚く事に(と自分で言って哀しくなるけれど)、告白してきたのは佐助くんからだった。クラスの中でも平凡中の平凡な人間である私はずっと前からそんな佐助くんが好きだった。ということで即答でOKした。そうして今に至るわけだ。

なんで極めて一般ピープルの私が、顔もぜんっぜん良くない私が佐助くんと付き合っているのか。たぶんまわりは不思議に思っていることだろう。そう考えるといつも、ほくそ笑みたいような泣いてしまいたいような、そんな衝動に駆られる。それと同時に、そんな私はなんていやな人間なんだろう、とも思えてくる。でも何度も考えてやっぱりまたそんな気持ちになる。救われない悪循環。苦笑するしかないくらいに、馬鹿げている。

本当に馬鹿だな、私は。

「ねぇ今日ひま?いっしょに帰らない?」

勇気を振り絞るようにして、私は佐助くんに笑いかけた。好きだって、そう言ってくれたのは佐助くんなのに、いつも私のほうがベタボレで、どきどきしてて、負けてる。なんで私のほうがこんなに動揺しながら、しかも誘わなきゃいけないんだろうね。誘ってくれたらいいのに。出過ぎた願いだけれど、そう思う。でも言えない。いつも私ばかりが佐助くんとちゃんと『付き合おう』としてる。そんな気がしていた。気のせいじゃないと知っていた。

佐助くんはちょっと驚いてから、いいよって笑ってくれた。それだけで心臓がバクバクして暴れて、いっそこのまま死んでしまったほうが楽かもしれないと思う。その笑顔は反則過ぎる。レッドカードだ馬鹿野郎。

・・・ねぇ、佐助くん。
私、ホントにきみが好きだよ。君に告白される前から、ずっとずっと好きだったよ。

きみとは違って。

今の自分は幸せだなって思う。それは嘘じゃないし、自身を誤魔化してるからそう思うわけじゃない。
すきな人と付き合えて、一緒にいられて、いちばん近くにいられて。これで他に望むことがある私の方が可笑しくて、強欲な人間であるだけ。
だけど、時々気付いてしまう違和感。

ニセモノ、なんだよねって。
こうやって笑いかけてくれるのも全部、嘘なんだよねって。

「・・・どうか、した?」
「ううん、なんでもないよっ」

心配そうな顔をする佐助くんに笑って見せて、じゃあ掃除終わったらすぐ来てね、校門のとこで待ってるから、そういい残すのが限界だった。走って教室を飛び出した私を佐助くんはどんな顔で見ているんだろう。想像するだけで憂鬱。
私ほんとダメだな。逃げちゃった。逃げると駄目になる。泣いてしまいそうになる。だから今まで我慢してたのに。
でも、だってしょうがないじゃん。
私、ほんとは全部知ってるんだから。







教室の机に忘れてきたケータイのために、廊下を走っている時だった。
今日は用事があるし、急がないとな。そう思って早足で教室のドアに駆け寄ると、中から声が聞こえた。

『It serves you right!(ざまあみろ!)今度こそ俺の勝ちだぜ、monkey!!』

たぶん伊達くんの声だろうなぁ、なんて思いながらそのセリフを聞き流す。皆がカッコイイって騒いでた何故か英語交じりで喋る人。でも英語の成績はよくないんだって言ってた。
何をしてるんだろう。ぼんやり思いながらその教室のドアに手をかけて、開けようとした私の手は次の瞬間に凍りついた。
佐助くんの声がした。

『なにジジ抜き程度でそんな燃えてるの・・・』
『HA!負けたからってそんな誤魔化しはできないぜ!』

ジジ抜きなんかやってたんだ・・・。若干呆れつつも手は固まったままで、ドアを開けるという動作さえ不可能だった。急に心臓が何故かバクバクと暴れだして、自分の意思で操れなくなる。ドアに隔てられた向こう側にも聞こえてしまいそうにドンドンと中から叩かれる。馬鹿みたい、声聞いただけなのに。

『そんな余裕こいてていいのか?約束は約束だぜ』
『そうだな・・・これの余裕を崩してやるのもおもしろい』

今喋ったのはたぶん、長曾我部くんと毛利くんかな。あまり自信は無いけれどたぶんそうだ。佐助くんっていつもそこらへんの人とつるんでるような印象あるし。・・・おこがましい望みだけれど、私も入れればいいのにな、佐助くんが居る場所。

とにかく私はいつまでも盗み聞きみたいなことをしてたら駄目だと思って、ようやく落ち着いた鼓動を聞きながら固まった手を動かそうとした。だけなのに、私の耳にありえない言葉が届いた。


『じゃあやっぱバツゲームは"あんたの隣の席の人に告る"!!』


びくっとして思わずドアの取っ手から手が離す。かたん、と小さくドアが音を立てた。それ以上に耳の奥でずっと血が激しい勢いで体を巡る音がしてた。がんがんと頭がうずくように、その音だけが私を支配する。

となり。それって、猿飛くんの隣の席って意味よね?
・・・・・・・・・わた、し?

『んなっ・・・?!!』

猿飛くんの息をのむ声が聞こえる。それすらも、心臓の音にかき消されそうだった。どうか誰も気づきませんように。誰にも聞こえませんように。そんな私の願いが届いたのか、幸いさっきドアの立てた音は掻き消されたみたいで、中の誰も気づいた様子は無かった。

『お、それいい、それで決まりだな!』
『ちょ、ま・・・っ』

珍しく焦ってる猿飛くんの声が聞こえてちょっとびっくりする。そんな、焦ったりとか、するんだね。いつも涼しい顔してるのに。
嘘でも私に告白することが、そんなに嫌なのかな。

『まぁまぁ。成功したら500円やるよ』
『安っ!?』
『一ヶ月もったらプラス1000円やるって』

その辺りからはほとんど聞こえてなかった。心臓だけじゃなくて、体中の血管すべてが脈打ってるように感じた。喉へ競り上がってくる何かがとまらなくなって、逃げ出すように走った。ケータイ?そんなもの、どうだっていい。なんで、なんで?なんで私なの。

なんで猿飛くんを好きな私を、そんな遊びの対象にするの?
好きすぎて止まらない私に、そんな話を聞かせるの。


ねぇ、止まらないよ。
だれか止めて、この鼓動を。心臓も止めてしまって。

私を、とめて。







救われない悪循環だよ、ほんとうに。苦笑して空を仰いだ。青空でもない、でもそこまで曇天でもない、変な天気。向こうの方にはちゃんと綺麗な青色がみえるのに、こっちには全然無いまま。もうすぐあの青空が来ないかなって思ったけど、考えてみればあっちは東。絶対にこっちに来る事はない光だった。

がやがやと、校門から吐き出されるように生徒達が帰っていく。私はその傍の花壇の縁に座って佐助くんを待つ。さらさらと木々の間を風が流れていく。いっそ、このまま逃げ出してしまおうか。佐助くんなんてほっぽって帰ってしまおうか。なんにもなかったことにして。それがいい。分かっているのに私はいつもそう出来ない。
だって好きなんだよ。
嘘でも、どれだけ本音のひとかけらもない嘘でもきみと付き合えてることが幸せなの。君の傍にいられることがすごく幸せ。
こんな茶番で君がお金もらえて嬉しいならいいかなって、そんなことを思えちゃうほど佐助くんが好き。

君の傍にいられるのは、あと、三週間弱。

佐助くん、私、夢を見れてよかった。
・・・そう言えたらいい。三週間後に。


絶対言わないけど、言えないけれど、ほんとはね、ずっとニセモノでもいいから傍にいさせてって、そう言いたいって思ってる。他にももっと沢山思うことはあるし、したいことだって。
だけど私がきみを好きだと思えば思うほどダメになってしまう気がするから。・・・ああ、また循環してる。

!」

君の声を聞いて、また鼓動が鳴る。好きすぎて言葉に出来ないくらい色んな思いが溢れてくる。そうしてまた君を好きになる。叶わない恋をする。
ああ、悪循環が止まらないわ。




も う ど う し よ う も な い
(とまらないのとめられないのどうか赦して)





見にくかったらすみません。この素材見つけてときめいちゃったもので・・・。
とりあえずこれ、続く予定。3話ぐらいで。
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